| 生徒の国籍 |
息子の通うインターナショナルスクール(3歳〜18歳)は生徒総数が約500人で、その国籍の数は、先月末現在61だそうです。その分布は、地元ドイツが最大で25.7%、そのあとアメリカ、イギリスと続きます。アジアからは韓国(2.7%)とインド(2.3%)が多く、日本はたったの1%しかいません。以下が国籍別人数上位。
ドイツ 25.7% アメリカ 16.9% イギリス 6.7% オランダ 3.9% カナダ 3.7% オーストラリア 3.5% イタリア 3.1% 韓国 2.7% スペイン 2.7% インド 2.3% フランス 1.5% アイルランド 1.4% ポーランド 1.4% スイス 1.4% ベルギー 1.2% ノルウェー 1.2% ロシア 1.2% シンガポール 1.2%
多重国籍の子供がたくさんいるのですが、一人国籍一つずつしかカウントされていないそうです。ところで、日米2重国籍のうちの息子は、日本人のカウントにも入っているのかな?アメリカのカウントに入っているような気もします。
去年の学校のインターナショナルデーで、生徒の家族が出身国の食べ物を持ち寄る企画がありました。うちも寿司を持って参加することにしたのですが、同時にアメリカグループからも手伝ってほしいと誘いのメールを受けました。「アメリカ人家族すべてに案内を出しています」とのこと。息子が米国籍を持っていることは確かですが、僕たち親はアメリカ人ではないので、なんだか不思議な気分でした。上のリストの通り、日本グループを手伝わないと人数が足りなくなり大変なので、申し訳ないとは思いつつ誘いはお断りしました。後で聞いたら、とにかく人数がたくさんいるので全然大丈夫だったとか。
アジアやアフリカの国籍がもっと増えたら、この学校はもっとインターナショナルスクールらしくなっていいと思うのですが、すぐには変わらないでしょうね。
ところで、ボンに住む外国人(約43000人、人口比13%)の国籍別人数順位は上のリストとは全く違った順位になります。これはとても興味深いデータなので、ここに載せてみます。
トルコ 15.8% モロッコ 5.2% イタリア 5.0% 旧ユーゴ 4.1%(セルビア+モンテネグロを指すのか、紛争前のユーゴ全体を指すのかは不明) ポーランド 3.3% スペイン 3.2% イラン 3.0% 中国 2.9% ロシア 2.8% ギリシャ 2.6% イラク 2.7% フランス 2.4% アメリカ 2.0%
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| スペースシャトルが行く |

写真はロシアのスペースシャトル・ブラン(Buran)。9日の午前中、国連ビルの真横を、ライン川の上流に向かってゆっくり移動していきました。ブランはアメリカのスペースシャトルと形がそっくりですが、旧ソ連が独自技術を使って開発し、1988年に無人で打ち上げられたものだそうです。
ドイツのSpeyer技術博物館が、ロシアから買い取ったもので、これまで保管されていたバーレーンからロッテルダム港経由でドイツにやってきました。4月12日に博物館に到着するまでの間のBuranの位置はこちらのサイトで確認できます。お近くにお住いの方は、お子様を連れてぜひご覧あれ。

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| ペルシャの新年 No Ruz |
イラン人の同僚の机の上にこんなものが置いてありました。「新年」を祝っているのだそうです。

イラン周辺地域では、ペルシャ暦に基づき、春分の日をノールーズ(No Ruz/Nowruz:新年)として祝います。3月19日から21日のどこかがNo Ruzにあたるのですが、年によって日付は変わりますが、2週間近く新年を祝う、イランの人たちにとって一年で最も大切な祝日です。
ペルシャ歴新年の前日(大晦日と呼んでいいのかな?)には、Sabzi Polo Mahiと呼ばれるハーブで味付けされたごはんとスモークされた魚の料理を食べます。テレビやラジオで新年になったことが宣言されると、家族の中の年少者が年長者に対して新年のお祝いをして敬意を表します。そして親戚同士でキスやハグをして、プレゼント交換をします。プレゼントは伝統的に現金のことが多いので、日本のお年玉と似てますね。そのあと、甘いお菓子が振る舞われ、「甘い」一年間になることを願うのだそうです。
新年を祝う最も大切な儀式が、Haft Sin(ハフトスィーン)。7人の創造主を表し、すべてペルシャ語の綴りがスィーン(S音)で始まる穀物や卵、ハーブをテーブルの上に置き、金魚の入った水槽を飾ります。その簡易版が同僚の机の上にあったもの。イラン人の友人からプレゼントされたのだそうです。スタイルはまったく違いますが、それでも日本の正月の祝い方と何となく似ているところもあるような気がしますね。ハフトスィーンは、さしずめ日本のお節料理といったところでしょうか。
ドイツでは、この金曜日から来週月曜日までイースターの4連休なので、ドイツ在住イラン人の皆さんにとっては、新年を祝うのにちょうどよかったですね。Happy New Year !

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| Student Syndrome |
「学生症候群」とか「学生シンドローム」という面白い言葉があります。納期直前まで作業を開始しない行動心理のことで、Eliyahu M. Goldratt氏のCritical Chain(邦題:クリティカルチェーン)というビスネス小説の中でstudent syndromeとして登場し、いろんなところで引用されるようになりました。
2週間後に迫った試験の準備を、試験直前まで先延ばしにし、前日は徹夜なんていうことは誰でも経験することだと思います。こんなことは学生に限ったことではなく、ビジネスの世界、特にプロジェクトマネジメントには登場します。例えば、半日もあればできるような作業を、10日の納期でプロジェクトのメンバーに割り振ると、しっかり10日間かかって仕上がってくるというようなものです。納期直前(Last Minute)まで作業を開始しないからですね。「毎日がLast Minuteの連続ならばどんなに生産性の高い生活ができるだろう」とは、誰かが言った言葉です。
僕が担当するプロジェクトでも、学生症候群は多発します。そういう「症状」のあるメンバーには、作業工程をさらに分解し、短納期にしてやると割と簡単に改善することが多いのです。実はこれはスケジュール管理の問題だけではなく、先延ばし(Procrastination)という行為そのものがストレスを抱える原因になったりすることもあるそうなので要注意です。健全なプロジェクトを運営するために、メンバーの性格を知り尽くしていることも、プロジェクトマネージャーの大事な役割ということですね。
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| 何時に帰ってくる? |
6歳の長男からの電話。
今どこにいるの?(職場の電話に掛けてきているのにこの質問) まだ職場だよ。
しょくばで何してるの?(「しょくば」の意味をまだ知らなかったらしい) お仕事してる。
何の日に帰ってくる? 今日帰るよ。(質問通りに答えて、質問の仕方の間違いを悟らせてみた)
そうじゃなくってぇ、何の時間に帰ってくる? 何の時間じゃなくて何時でしょ。言ってごらん。
じゃあ何時に帰ってくる? 7時過ぎに帰るよ。
えぇー!ガチャン(切) (6時半の会話。7時で驚く場面ではないはずだが。。。)
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| ワークライフバランス |
ワークライフバランス、何年か前から日本でもしきりにこの言葉が使われているようですね。もちろんドイツでも話題に上がります。日本と比べたら十分バランスがとれているように見えるので、「冗談はやめてくれ」と最初は何度も思いましたが、ドイツはドイツのレベルで、ワークライフバランスの改善を真剣に論議しているのです。フランスやイタリアでもきっと同じことなのでしょう。
先日テレビを見ていたら、日本の企業の人事担当者がワークライフバランスの改善への取組みについて解説していました。でもその内容と言えば、単に会社に拘束される時間を短くするか、休暇などをもっとフレキシブルに取りやすいようにするとか、そんな話ばかり。基本的には、会社の中と会社の外で過ごす時間の割合ばかりに関心があるような感じでした。
本来ワークライフバランスとは、ワークとライフの両方が充実し満足いくようにするための考え方のはず。仕事の時間的な負担が減って、家族と過ごす時間が増えれば、即みんな幸せというような単純なものではないはずなのですが。。。。
例えば国連の職場を例に上げると、 ・仕事外の時間を使って学位を取得するための学費の何割かを機関が援助してくれる制度があります。やりたかった勉強ができ、しかも職場にも応援してもらい、それによって将来また上級ポストへ昇進するための土台になります。 ・他には、特に途上国の勤務で、国際機関への配偶者の雇用を支援するDual Careerというネットワーク。国をまたがった異動は無理をすると配偶者のキャリアを犠牲にして、人生設計を狂わすことになります。配偶者の「ワーク」へのサポートは、家族の「ライフ」へのサポートであり、異動する本人の「ワーク」へのサポートにまた戻ってきます。 ・国連の大きなオフィスでは、語学研修を受けることができます。勤務地によっては家族も受講できたりします。異なる言語圏への異動の多い国連職員にとって、配偶者の現地語の習得は、生活の質や安全にかかわることなのでとても大切です。このあたりはまだまだ改善の余地がありそうですが。
僕の見たところ、「ワークライフバランス!」という言葉を叫んでいる人に限って、すでに勤務時間が短く、さらに時短したいだけの人が多い。「ライフ」を充実させてそれをどう「ワーク」の質の向上に結び付けるか、それによって家族と一緒に納得いく人生設計ができるか、というもっと本質的なバランスを考えている人は、この流行語をそんなに軽々しく口にしないような気がしますが、気のせいでしょうか?
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| Dear ミスター・マンデラ |
Mr.マンデラとは、そう、あのネルソン・マンデラ氏のこと。息子が通うインターナショナルスクールの上級生(小学3年生)のクラスで、人権についての授業の一環としてマンデラ氏のことを勉強したそうです。反アパルトヘイトの運動を指導し、逮捕され刑務所に送られたこと、刑務所暮らしで、家族と引き裂かれていても、希望を失わなかったこと、釈放された後、大統領になたことなどを教わった3年生の子供たちが、担任を通じてマンデラ氏に手紙を書いたそうです。そしてなんと、本人から返事が来たというのです。(それにしても、どういうルートで手紙を出したんでしょうね。どうでもいいことですが、気になります。)
子どもたちからの手紙には、マンデラ氏への質問がたくさん含まれていました。マンデラ氏は子どもたちの質問一つ一つにきちんと返事を書いて、送り返してくれたというから驚きです。やりとりは例えばこんな感じ:
オーストリア人のN君 「なぜ物事を変えようと思ったのですか?」 マンデラ氏 「私たちの国では、黒人はきちんと扱われておらず、白人と同じ権利が与えられていませんでした。肌の色や、宗教や、貧富の差に関わらず、私たちはみな同じ人類です。全ての人は尊厳をもって扱われる価値を持っています。私たちの国の法律ではそれが許されていなかったので、それを変えるために闘わなければならなかったのです。」
アメリカ人のAちゃん 「権利のために立ち上がる勇気をなぜ持っていたのですか?」 マンデラ氏 「抑圧されている人は誰でも、自分の権利のために立ち上がるべきです。もし立ち上がることができない人たちがたくさんいて、あなたこそがその人たちのための代弁者になれると期待されていることがわかれば、あなたにはきっと、立ち上がる勇気がでるでしょう。」
子どもたちにとっては、「本の中に出てくる有名な偉い人」であるはずのマンデラ氏から直接返事が来たのですから、本当にインパクトの強い出来事だったはずです。一番飛び上がって喜んだのは、きっと担任の先生だったのでしょうね。まだ8歳の子どもたちが、その手紙の言葉の意味をきちんと理解できるようになるのは、もっと大きくなってからかもしれません。受け取った手紙とそこに書かれていた言葉は、子どもたちの一生の宝物になることでしょう。
"Education is the most powerful weapon which you can use to change the world." (教育は、世界を変えるために使うことの出来る、最も強力な武器である。)
By Nelson Rolihlahla Mandela
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| 命の重み |
以前の職場で親しかった同僚(女性)が亡くなりました。しかも、その状況から考えて、自分から命を絶ったらしい。友達も多く、とても明るい女性だったのに。一体なにが彼女をそこまで追い込んでしまったのだろう?
残された家族の気持ち、親しかった友人や同僚たちの気持ち、彼女の上司の気持ち、そして何より命を絶たなければならなかった彼女の気持ちに思いを巡らせ、今日は仕事どころではありませんでした。
ふと、身の回りのことに置き換え身震いがしました。僕自身が命をどうするということではありません。部下たちがもし僕が気がつかないプレッシャーやストレスを抱えて、いつかそんな行動を起こしてしまったら、、、そのとき残された家族は?友人は?そんな状況に僕自身が向き合えるのか?黙って考えていると、いらぬ想像をしてしまうので、外の空気を吸いに建物を出ました。
もし仕事のことで悩んでいたのならば、死を選ぶ前に仕事などすっぱり辞めてしまえばいいのに、とはそういう状況に追い込まれていない冷静な人間が言うこと。「命より重いものはない」とは当り前のことだと思っていたのに、彼女にとってはそうは思えなくなってしまった一瞬があったのでしょうか?彼女を知っている一人として、それを止めてあげられなかったことが悔しくてなりません。
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| コソボ独立宣言を祝う人たち |
2月17日(日曜日)、快晴のシュトゥットガルトの宮殿広場(Schlossplatz)にて。気持ちのいい一日でした。

写真に写っている赤い旗(双頭の鷲のデザイン)は、実はアルバニアの旗。これはコソボの住民の大多数がアルバニア系であることと、コソボの地域を示す独自の旗がこれまで存在しなかったため。それにしても、ここドイツでお祝いムードがこれだけ盛り上がるとは思いませんでした。ところで、独立とともに新たに制定されたコソボの国旗は、青地にコソボの国土を黄色であらわした旗だそうです。
今後、国連のUNMIKによる暫定統治から、EUのEULEXに行政監督が引き継がれることになるので、UNMIKの同僚たちの動きも慌ただしくなることでしょう。
コソボ問題はまだまだこれからだと思いますが、独立は良くも悪くも大きな変化に違いありませんね。あの旗を振っていた人たち、いろんな立場の人がいるのでしょうが、それぞれどんな気持ちでこの独立のニュースを受け止めたのだろうかと、思いを馳せた一日でした。
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| PMPへの道 |
フランクフルトにあるプロメトリックの試験センターで、PMP試験を受けてきました。試験時間は4時間!終わった時はぐったりしましたが、その場で合格通知をもらって機嫌よくボンに帰りました。
PMP(Project Management Professional)は、米国のNPO法人Project Management Institute (PMI)が主催する認定試験で、プロジェクトマネジメントに関しては世界で最も広く知られた資格です。応募資格は大卒後、4500時間以上のプロジェクトマネジメントに関する経験ということになっていて、受験申込のときに、プロジェクトマネジメント履歴を、プロジェクト一件一件詳しく申告しました。今まで書いたどんな履歴書より詳しい職務経歴を提出するはめになりました。
PMPはPMIが普及させているPMBOK(Project Management Body of Knowledge - プロジェクトマネジメントの知識体系)の内容をベースとしていて、すべての業種に適用できる汎用的な資格です。僕の専門であるITプロジェクトはもちろん、企業のブランド戦略、建設プラント、商品開発などにも適用できるし、「オフィスの引っ越し」、「コンサートの企画運営」、「顧客意識調査」なんてものでもいいのです。
PMPはプロジェクトマネジメントのスキルや知識だけでなく、「PMI Code of Ethics and Professional Responsibility」という、倫理やコンプライアンス教育に近いような部分を実際の試験範囲に含めてしまっているところが、とても気に入っています。利益のためなら相手を陥れたり、自分に不利な情報を隠蔽したり、部下に無理な残業を強要したり、違法行為をしてもよいというプロジェクトマネージャーは、PMPにはふさわしくないということです。その他には、品質、リスク管理、調達などあらゆる監査に耐えうるやりかたをプロセスとしてプロジェクトの計画に埋め込むやりかたは本当に勉強になりました。
準備期間は4か月。と言ってもフルタイムで仕事をしている身ですから、勉強時間は昼休み、帰宅後、週末などで、それでもたぶんトータルで150時間以上は費やした計算になります。教材はPMBOK Guide、試験対策本、PodCast。我ながらなかなかの集中力でした。うまくいった理由は、仕事と直結しているので、勉強した端から知識が役に立つことと、早い時期に「PMPを受験する」と周りに公言してしまったこと。後に引けなくなれば、やるしかないですからね。。。
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