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通勤路

最近職場まで歩くようにしています。下の地図の右端にある野球場横の自宅から、地図左端枠外の国連ビルまで、ライナウエ公園をゆっくり横切って徒歩30分。毎日違うコースを歩いています。こんなに気持ちいい通勤路は、どこを探してもなかなかないですよ。

rheinaue map

ライナウエ公園の面積は1.6平方kmで、ニューヨークのセントラルパーク(3.4平方km)の約半分ということになります。人口30万人の小都市ボンには十分な広さですね。
rheinaue rheinaue rheinaue home
<通勤路の景色>
左端:ポストタワーと国連
右端:自宅
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世界最古のモノレール(ドイツ・ヴッパータル)

デュッセルドルフの東30キロの所にあるヴッパータル(Wuppertal)という街に家族で行ってみました。ヴッパータルと言えば、製薬会社のバイエル発祥の地(現在の本社はサッカーで有名なレバークーゼン)で知られていますが、今回のお目当ては、ヴッパー川の上を走るモノレールSchwebebahn)でした。

wuppertal 1 wuppertal 2 wuppertal 3

ヴッパータルのモノレールは、1901年開業の現存する世界最古のモノレールです。川の流れに沿って走るモノレールからの眺めはなかなかで、乗り物好きの息子にとってはもってこいの日帰り旅行でした。

このモノレール、開業50年目の1950年にサーカスの宣伝のために象を乗せたことがあります。その象は乗ってすぐナーバスになり、モノレールの壁を突き破って脱走。かわいそうな象は、もちろんそのまま川に転落しました。でも下が川で良かった、軽傷で済んだのだそうです。

国連の勤務評定

UN Bonn
毎年恒例の勤務評定(評価する側とされる側)が終わりました。自分の業績を上司に評価してもらい、部下3人の評価も行いましたが、相変わらずしんどい作業でした。

今いる機関はUNDP系機関で、勤務評定システムのことをRCA(Results and Competency Assessment)と呼びます。過去5年間いた国連事務局のPAS(Performance Appraisal System)と基本的な流れは似ていますが、細かい点で違いがあります。

RCAの全体的な流れは以下の通り。


年度始め
評価年度(UNDPは2月1日から翌年1月31年日、ちなみに事務局のPASは4月1日から3月31日で、日系企業と同じ)の始めに、業務目標を5項目設定。成果指標を詳しく定義し、RCAシステムに入力。

その年の「学習目標」についても定義します。学習の分類は3種類(キャリア形成に関するもの、Competency開発に関するもの、業務の成果に直結したもの)。

上司は、5項目の業務目標それぞれについて、困難度と複雑度を高・中・低の3段階の重み付けをし、スタッフ本人と面接し、内容を承認をして目標設定フェーズは完了。

中間評価
目標設定6カ月後に、RCAの内容について再度上司と部下が面接をし、仕事の進み具合について確認します。目標と進捗にずれがある場合は、その原因の分析をしたり業務内容の見直しなどをし、面接内容をRCAシステム上に記録します。

年度末
まずスタッフ本人が、5項目の目標それぞれについて自己評価を文章で記述し、上司に提出します。上司は、目標項目毎に5段階評価をし、評価コメントを記入、さらに、30項目ほどのCompetencyに関する5段階評価をします。

最後に総合評価(1~5の5段階評価、1が最良:1-Outstanding, 2-Exceeded Expectation, 3-Met Expectation, 4-Patially Met Expectation, 5-Did not meet Expectation)を下して、総合コメントを記入し、部下と上司は最終面接をして、両者が内容に合意すればRCAが完成します。3をもらう人が大多数で、2が少数、4と1はごく希なようです。



評価の終わったRCAは、機関内の評定委員会に提出され、評価をした上司が委員の前で評価内容についてプレゼンをし、その評価の正当性について委員を説得します。評定値が委員会に承認されると、その年のRCAは完了になります。

国連事務局のPASに比べると、とてもきめ細かいと感じました。たとえば「成果指標」とか、困難度、複雑度の重み付け、詳細な学習目標、委員会による面接など、PASにはない部分がいくつかあります。単に面倒な作業だと感じている職員も多いのですが、僕はこういうきちんとした評価システムは好きです。他の国際機関も似たようなやりかたなんでしょうか。民間企業はもっとシビアなんでしょうね、きっと。

テーマ : 海外で働く
ジャンル : 就職・お仕事

CeBIT 世界最大のIT展示会

ハノーバーで開催されたCeBIT(IT・通信・デジタル家電の見本市)に行ってきました。
cebit

日本やアメリカの展示会にも何度も行ったことがありますが、ドイツのCeBITは、中でも群を抜く規模です。77カ国から6000社以上が出展し、展示面積は28万平方メートル。幕張メッセの展示場1~8全フロアを合わせても6万平方メートルですから、その規模は半端ではありません。
cebit cebit cebit

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【世界最大のLCD・TV】 【会場内のビアホール!】

6000社のうち、ドイチェ・テレコムやSAPを初めとする地元ドイツ勢が約半数(2700社)。それ以上に、中国・香港(700社)、台湾(600社)、韓国(200社)からの出展が目立っていて、一緒に行った同僚達も、アジア勢の健闘に目を見張っていました。日本勢(たったの25社)は残念ながら目立ちませんでした。

cebit-NEC
(写真はNECのブース、ここはそれなりに盛り上がっていました)

昔の展示会はハードウェアやソフトウェアの「製品」が中心で見る方も楽でしたが、最近の展示会はビジネスプロセス管理、ITライフサイクル管理、アウトソーシング、ERPコンテンツ管理システムなど、担当者を捕まえてしっかり説明を聞かないと特徴がわかりにくいものが多いので、見るのに時間がかかります。ボンから日帰り(片道4時間!)で行きましたが、1日では全然時間が足りませんでした。でも久しぶりの展示会、刺激が合って楽しかったです。


ドイツでは、都市ごとに大きなメッセ(見本市)会場があり、メッセの期間中はその街のホテルは予約で一杯になります。学生時代、電車でフランクフルトに到着してからホテルを探そうと思ったら、本のメッセ期間中だったので、仕方なく別の都市に移動して部屋を見つけたという経験があります。メッセの規模の大きさに驚いたものです。

せっかくドイツにいるので、今度は家族をつれて他のメッセに行ってみたいと思います(例えばフランクフルトのモーターショーAutomechanikaなど)。お勧めのイベントがありましたらどなたか教えてください。

2007年の国連の休日

UN

ボンの国連機関(12機関)の、今年の休日。再掲載。

1月1日(月) New Year's Day (元日)
2月19日(月) Rose Monday (薔薇の月曜日)
4月6日(金) Good Friday (聖金曜日 - 復活祭前の受難日)
4月9日(月) Easter Monday (復活祭翌日)
5月28日(月) Whit Monday (ペンテコステ - 聖霊降臨)
10月3日(水) German Unification Day (ドイツ統一の日)
10月12日(金) Eid Al-Fitr (断食明けの大祭)
12月20日(木) Eid Al-Adha (犠牲祭)
12月25日(火) Christmas Day (クリスマス)
12月26日(水) Boxing Day (ボクシング・デー)


日本のカレンダーと比べると少なく、年間たったの10日です。でも有給休暇は日本の職場よりは多いので文句はありませんが。年間のうち、どの10日間が休日に設定されるかというのは、国連の勤務地毎に異なります。ホスト国や地域の風習や、国際的に受け入れられている祝日などを考慮して決められます。

ボンの来年のカレンダーを例にとると、ドイツ統一の日薔薇の月曜日(カーニバルのパレードの日)が休日というのはドイツらしい部分。ペンテコステはNYの国連にはありませんでしたが、ヨーロッパの事務所では一般的です。

2つの"Eid"は、イスラムの祝日で、多国籍な国際機関らしい祝日と言えます。日本やアジアゆかりの祝日がないのは、残念ですが。

今回初めて目にしたのが、最後のボクシング・デー。スポーツのボクシングとは何の関連もありません。これは、イギリスやオーストラリア、ケニアなどの英連邦の休日で、クリスマスの翌日に、貧しい人のために寄付されたクリスマスプレゼントの箱"Box"を教会が開ける日(Boxing Day)とされているそうです。

こんな具合に、ドイツにある職場でありながら、ドイツの一般のカレンダーとは大分違うため、現地の大部分の人が休んでいる日に国連だけ働いていたりとか、その逆に国連だけ休みとかいうことがたまにあったりします。

ドイツ人は血液型を知らない

先月生まれた娘の血液型をまだ知りません。日本では、血液型と言えば、性別、体重、身長の次ぐらいに重要な情報になりそうですが、こちらではちょっと様子が違います。

娘が生まれてすぐ病院で採血され、血液のサンプルはわざわざハノーバーにある研究所まで送られて精密に検査されたのに、結果は「問題ありません」と言われただけ。血液型は教えてもらえませんでした。

そもそもドイツでは、大人になっても自分の血液型を知らない人が多いと聞きます。血液型とは、あくまでも輸血などする場合に病院で必要な「医学的」な情報でしかなく、日本のように性格占いに使われたり、個人のプロフィールの一部になることはないのだそうです。よく、日本で売っているサイン帳やアドレス帳には、出身地や誕生日と並んで血液型を記入する欄がありますよね。あれを海外の友人に書いてもらおうとすると、「何で血液型を知りたいの?」ということになったりするんでしょうか?

そうは言っても、知りたいものは知りたいので、娘の血液型はそのうち調べようと思います。
baby feet

春到来

花1 花3 花4 
花5 花2 Petersberg 木


楽しい季節になりました。ボンのRheinaue公園でも、いろんな花が咲き始めたかと思うと、急にたくさんの家族連れが押し寄せるようになりました。冬の間この人たちは一体どこに行っていたのだろう。冬眠でもしていたんじゃないかと思ってしまいます。

ボンに来たばかりの頃もこんな陽気でした。もう1年かぁ。

出生届

「ドイツの役所仕事は遅いから、あまり期待しない方がいい」と周りから言われていましたが、これまでのところあまり悪い印象は持っていません。例えば、先月娘が生まれたとき、ボンの市役所宛てに出生届をする際、一度も市役所に出向かずに用が済んでしまいました。

生まれたその日に病院内の事務所に行くと、既に生まれた日時、体重、身長、それから親の名前、住所、国籍、電話番号などが記入された用紙が準備されており、あとは子供の名前や、両親の宗教などのデータを入力するだけで届出用紙は完成。あとは病院側で、パスポートと婚姻証明書のコピーと一緒に役所に送ってくれるのです。(ちなみに国籍や宗教の情報は人口統計に必要なんでしょうね。アメリカでは親の人種を記入する欄がありました。国によって様々です。)

3~4日すると、市役所から病院宛に、娘の出生証明書が送られて来たので、それを手渡しでもらいました。最初に出した出生届が、出生証明書の申請も兼ねていたのです。あまりの迅速なサービスに感動しました。

さて、このドイツの出生証明書をもとに、今度は日本に対して届け出をします。提出書類は日本の出生届用紙、ドイツの出生証明書とその日本語訳文で、それらをデュッセルドルフの日本総領事館に出すと、日本の外務省に一旦送られ、そこから戸籍のある市町村役場へ転送されます。子供が戸籍に記載されるのは提出後約1カ月後で、記載されたかどうか役所からは何の連絡もないので、こちらから電話などで問い合わせないといけません。昨日、本籍地に電話してみましたが、まだ出生届が届いてもいないと聞き、あまりの遅さにがっかりしました。

さて、戸籍に記載された後、パスポートを作るために戸籍謄本が必要になります。信じられないことに、総領事館の窓口では戸籍謄本の申請手続きができません。出生届とパスポート申請は窓口でできるのに、その中間に必要な戸籍謄本発行はできないとは。。。日本にいる家族などに取りに行ってもらい郵送してもらうのが一般的ですが、なんとも面倒くさいです。

海外で子供が生まれたら、出生届とパスポートの申請はセットで必ずするものなのに、この手続きが連動していないというのはどういう訳なのでしょう。せっかく在外公館で在留邦人向けの行政サービスができるしくみになっているというのに、改善の余地が大いにあると感じました。

ちなみに半年ほど前に、息子(アメリカ生まれ5歳児)の出生届をアメリカから取り寄せる時など、インターネットの役所のページで申請し、発行手数料をクレジットカードで払ったら、1週間以内にドイツに送られてきました。こうでなくちゃ。日本も頑張ってほしいなぁ。



【手続きのまとめ】

出生前
(1) 戸籍謄本を取り寄せる
(2) 総領事館で戸籍謄本を元にドイツ語版婚姻証明書を作成

出生後
(3) 病院にてドイツの出生届(パスポートと婚姻証明書も提出)
(4) 病院にてドイツの出生証明書を受け取る
(5) 日本語訳文を作成する
(6) 総領事館にて日本の出生届(ドイツの出生証明書と訳文も提出)
(7) 本籍地に戸籍への記載を電話で確認
(8) 再度、戸籍謄本を取り寄せる
(9) 総領事館でパスポートの申請をする
(10) 総領事館でパスポートを受け取る
(11) パスポートを元に、ドイツの身分証明書を申請(国連職員家族の場合)
(12) ドイツの身分証明書を受け取る

多言語多文化環境における子どものことばの学び

息子が通うボンの日本語補習校で、保護者向けに、ボン大学講師・ボン補習校講師による「多言語多文化環境における子どものことばの学び」と題した講演会がありました。

講演の中で興味を引かれたのは、補習校に通う子供達のことを「日本語接触環境障害児」と定義し、日本語接触環境健常者として育った親たちの想像を絶する世界の中に子供は生活しているという点でした。このような環境の中で、日本語ができるようになることは決して当たり前のことではない、だから親が「できるようになったこと」にちゃんと気付いてあげることが大事なのだそうです。

そして、言語の発達にはその土台となる「想像力」「思考力」の発達が不可欠である。つまり「感じる力」「考える力」が蓄積されてはじめて「表す力」となると。そしてもちろん読み聞かせや読書の重要性がここでも登場します。

今現在の表面的な言語能力に一喜一憂せず、長期的な視点で見守りましょうというメッセージで締めくくられました。

この講演を5年後(長男10歳)にもう一度聞いたらどう感じるのでょう。もっと危機感や焦燥感を持って聞くことになるのかどうか。長男がこれから学齢期になるので、真剣に(でも深刻にならずに楽しんで)取り組んでいきたいテーマです。

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プロフィール

mickey10044

Author:mickey10044
男性。1999年より国連職員。

インド、ジュネーブ、ニューヨーク、ボン、ウィーンを経て、現在はイタリア・トリノの国際機関に勤務。IT部門のチーフ。PMP,CISSP。

mickey10044#hotmail.com
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