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絵本読み聞かせ

この半年ほど、息子のための絵本を全く買わなくなりました。と言っても、この5歳という大切な時期に、読み聞かせをしていないわけではありませんよ。むしろ以前よりたくさん読んでいます。

息子は平日はインターナショナルスクール、土曜日は日本語補習校に通っていますが、学校から一週間あたり英語8冊、日本語5冊ほど絵本を借りてきます。これらを一週間の間に読み聞かせ、しかもできれば同じ本を複数回読んであげようとすると、家にある本を読んであげる余裕などありません。だから、新しく買ってあげる必要は全くないのです。
絵本2 絵本3

ところで、5歳児用とはいえ、英語の絵本はだんだん難しくなってきました。ストーリーはもちろん至って簡単なのですが、息子が知らない単語が出てきたとき「それどういう意味?」と聞かれると、答えられないこともしばしば。

いつも英語を使って仕事をしているとは言え、帰国子女ではない僕にとっては、5歳児の絵本の英語が分からないことも結構あるのです。だから、英語の読み聞かせには、電子辞書が必携です。

例えば最近わからなかった単語は何だったかというと(電子辞書の履歴を見る):

boulders 大きな岩
spook 幽霊
minnow 小魚、ミノー(コイ科)
conker トチの実
bog 沼地
Wellington boots ウェリントンブーツ
scruffy みすぼらしい
toadstool 毒キノコ
trudge 歩く


やれやれ、息子に追い越されるのは時間の問題ですな。 
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テーマ : 日記
ジャンル : 日記

オランダ屋の謎

ボン市内に、Holland Shop(「オランダ屋」とここでは勝手に訳します)と呼ばれる店があります。このオランダ屋、オランダのものなど一つも売っておらず、アジア食材専門なのです。豆腐、味噌、こんにゃくなどの日本のものの他に、中国、韓国、タイ、インドなどの食材を置く、とても小さな店です。近所なので良く行きます。なぜ「オランダ屋」なのでしょう?インド系マレーシア人の店主に聞くと、「よくぞ聞いてくれました」とばかりに、説明してくれました。
holland shop

まだ40年以上前、西ドイツにはアジアからの移民が少なく、アジアの食材を常時扱う店などありませんでした。ところが大使館などがひしめく首都ボンでは、アジア食材の密かな需要がありました。そこに目をつけたオランダ人が、(おそらくオランダ経由で)輸入したアジア食材を車いっぱいに積んで大使館や外交官宅を売り歩いたら、大当たり。競争相手がいなかったので、売れに売れたのだそうです。

勢いに乗ったこのオランダ人の夫婦は、60年代にボンにドイツ初のアジア食材専門の店舗を開店します。すでに移動販売でアジア食材を売る「オランダ人」として親しまれていたので、店の名もそのまま「Holland Shop(オランダ屋)」としたのだそうです。

オランダ屋はドイツ各地の大都市に店舗を広げ、オーナーは財を成し90年代に引退。アジア食材が珍しくなくなった今、ボンの店舗だけになってしまいましたが、現在でも新しい店主に守られ残っています。

【店の場所はこちら】
 Holland Shop
 Wurzerstr. 116, 53175 Bonn


ニッポン、ミカド

nippon-snack


nipponと書かれたパッケージが気になったので買ってみたのですが、別に和風のお菓子というわけではなく、チョコレートで包まれたライスクリスプクッキーでした。なぜ「nippon」なんでしょう。米だからなんとなくアジア的な名前にしたんでしょうかね。

あとMIKADOというチョコポッキーをよく見かけます。これは普通のチョコポッキーの味です。こういうネーミングって面白いですね。それにしても海外ではなぜか「MIKADO」という単語をよく見かけるような気が。。。レストランの名前とか。

こういう目で見ると、日本で売っている商品のネーミングも結構面白いかもしれません。

ドイツのカーニバル

この週末、街はカーニバル(Karneval)一色で大変なことになっています。リオのカーニバルは世界的に有名ですが、ドイツでもかなり盛り上がります。こんなときに出産がずれ込まなくて本当によかった。

さて、カーニバルとはそもそも何かというと、その昔ゲルマン民族が、冬の悪霊を追い払うために怖いお面をかぶったり、騒音を立てたりした習慣が事の起こりだとか。その後、キリスト教の伝道師がドイツに来ると、この習慣と新たな信仰とが結びつき、四旬節(受難節)が来る前のパーティーをする最後のチャンスとしてカーニバルを行うようになります。実際、ドイツ語のカーニバル(Karneval)の別名はFastnachtと言い、文字通り、四旬節前夜という意味です。

ボン、ケルン、デュッセルドルフなどのカーニバル・パレードはこの古い習慣の名残があるだけでなく、19世紀からの新しい習慣も取り入れられています。フランス軍がライン川沿いを占領したとき、集会をおそれた軍はカーニバルを禁止しようとしましたが、人々の要求に応えて結局開催の許可を出します。フランス軍人たちはカーニバルに招待されますが、その時のカーニバルの衣装はフランス軍服や色を真似たもので、実は軍をばかにするためのものだったそうです。カーニバル期間中だけは無礼講だったということですね。

さて、ここボンでは、カーニバルの日曜朝に特別なイベントがあります。カーニバルの「王子」と「王女Bonna」が旧市庁舎を「征服」します。もちろん市長はそれに逆らうことなく、市庁舎の鍵を王子に手渡し、王子はこの日から灰の水曜日までの4日間、市を統治するのです。

このあたりでは、ケルンのカーニバルが規模からしてとりわけ有名ですが、地元ボン周辺だけでも、20カ所以上でパレードが行われます。土曜日は我が家の対岸にあるオーバーカッセル地区のパレードに息子を連れて行きました。沿道で見ている子供達はパレードに向かって「KAMELLE!!」と叫び、投げられるアメやお菓子を集めるのに大忙しでした。

カーニバル オーバーカッセル


【写真:ボン・オーバーカッセルのカーニバル】

ジョン・レノンの気持ち

1975年、オノ・ヨーコとの間にショーンが生まれると、ジョン・レノンは音楽活動を休止し、ハウス・ハズバンド(専業主夫)に専念すると宣言して、実際それを5年間も続けた話は有名ですね。まだ当時珍しかったハウス・ハズバンドという言葉が使われ始めたのは、このころだったそうです。

「子育てや家事以外に一体何をやっているのか?」と周りから質問される度に、「冗談じゃない。パンを焼いたり赤ん坊の面倒を見たりするのはフルタイムの仕事だ。」と言ったとか。本当に没頭していたんですね。

彼の気持ち、よーく分かります。子供を育てることほどすばらしい時間は他には考えられません。(なんて、昔の自分からは考えられないことを言っていますが...)これを母親だけに任せておくなんて、そんなもったいないことを。今、数週間の育休を父親が取れるだけでも幸せなことですが、もし家庭環境が許すならば、一生に一度ぐらい主夫生活というのもしてみたいものです。

imagine

助産婦(Hebamme)が来た

ドイツでは普通、産後に退院してから、自宅にHebamme(ヘバメ=助産婦)が来てくれます。病院をさっさと退院して安心して自宅に戻れるのはこのためです。

入院中には産婦人科医と小児科医が母子を診てくれるわけですが、退院してしまうと母子ともに次の正式な医師の診察は、特に問題がないかぎり産後4週間後になります。ヘバメの訪問は、この間を埋めることができます。
うちの場合は、退院翌日から2日に一回、病院から紹介してもらったヘバメに来てもらっています。新生児の体重測定、健康状態のチェック、母体の回復具合のチェックだけでなく、授乳、産褥体操などのアドバイスもしれくれたり、産後の過ごし方や育児方法に関する相談にものってくれます。


20070225075455.jpg

【写真:簡易型の秤で体重を量る】

このヘバメ、英語は1年間しか勉強したことがないらしく、ドイツ語の単語を織り交ぜながら英語を喋ります。「英語はあまり話せません」と断ってから来た割には、随分うまいので驚きました。ドイツ人は、しゃべれる人も謙虚にそう言うんですよね。

2回目の出産とは言え、専門知識などまったくないど素人の我々にとって、これは安心なシステムです。

入院食

今回の入院は最終日まで本当に快適でした。唯一マイナス点を付けるとすると、それは入院食。こればかりは日本の病院には敵いそうにありません。

病院 朝食

【朝食 ビュッフェ形式】
これは合格点。焼きたてパンがとてもおいしい。僕も一緒に食べましたが、おいしかったです。


病院昼食魚

【昼食1 白身魚】
昼食は毎日暖かい食事だったので、まあ良しとするべきか。


病院 昼食 チキン

【昼食2 チキン】


病院昼食スープ

【昼食3 野菜と肉のコンソメスープ】


病院夕食

【夕食】
問題はこれ。朝と同じく、パン、チーズ、ハムなど。毎日こんな感じで、暖かい料理はなく、ちょっと寂しい。お見舞いに来てくれた人も「えっ、これだけ?」と驚いていました。ドイツの一般家庭では夕食はシンプルなんでしょうか?

お義母さんにつくってもらったおにぎりを持っていったら、夕食後においしそうに食べていました。

日曜日の昼に、母子ともに無事退院しました。みなさんご心配いただきありがとうございました。

産後の入院日数

うちは日本で出産を経験していないので、日本との比較ができないのですが、聞くところによると、通常の出産でも1週間、帝王切開などすると10日以上も入院するそうですね。本当でしょうか?この入院日数の長さはきっと世界最長ではないでしょうか。

うちの一人目がアメリカで生まれたときは、たった2泊で病院から追い出されました。まだ回復が十分でなかった妻を車イスでタクシーまで運んだりして結構大変でしたよ。ところが妻と同室のアメリカ人ママは、なんとハイヒールを履いて、スーツを着て颯爽と歩いて退院して行くのをみて唖然としました。あの時は、きっと日本人とアメリカ人の体格の違いなのだと勝手に解釈していました。

アメリカでは帝王切開後でも4泊ぐらいで退院するそうです。この入院期間の短さは、非常に高い医療費と、それをカバーしきれない医療保険が原因と聞いたことがあります。
ドイツでは、基本的に入院日数は自分で決定します。通常の出産の場合、最長でも5泊程度ですが、早い人は2~3泊で出て行ってしまう人もいるそうです。うちは妻の産後の回復が早そうだったので、5泊は不要と判断し、4泊の計画にしました。日本と比べると短いかもしれませんが、うちはアメリカの2泊のつらい経験があるので、これでも楽ちんなのです。

ヨハニタ病院

【ヨハニタ病院】
ボン市内にある、150年の歴史を誇る病院。茶色の外壁にその古さの面影が残る。

病室

【個室】
ぶら下がっている端末はテレビ、ラジオ、電話、インターネットができる優れもの。娘は診察の時以外は、昼夜母親と一緒の部屋で過ごしています。

ヨハニタ 窓からの景色

【病室の窓からの景色】
冬でも緑が見えます。入院2日目には雪が降りました。

女の子が生まれました

2月7日の早朝、ボン市内のJohanniter病院にて、無事、長女が誕生しました。体重は2740gの小柄な女の子です。

ドイツ語圏の病院での出産はどうなることかと思っていましたが、医師・看護婦ともに、とても熱心かつ親切で、またスタッフの人数や設備も十分で、とても快適な出産を迎えることができました。

深夜、病院に到着してから3時間後には出産でき、とても安産でした。母子ともに健康です。入院は4泊の予定で、日曜日の朝には退院する予定です。

まずは簡単にご報告まで。



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プロフィール

mickey10044

Author:mickey10044
男性。1999年より国連職員。

インド、ジュネーブ、ニューヨーク、ボン、ウィーンを経て、現在はイタリア・トリノの国際機関に勤務。IT部門のチーフ。PMP,CISSP。

mickey10044#hotmail.com
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