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逆評価

久しぶりにこのブログにもどってきました。半年以上記事を更新していなかったにも関わらず、古い記事を読んでくれた方は結構いたようで、初対面の方から、「もしかしてブログを書いてらっしゃる方ですか?」なんて言われることが何回かありました。日本からウィーンやボンへ赴任してくる方が、とりあえず日本語の現地情報を探そうとすると、結構検索に引っかかるらしいんですよね。

さて、僕はと言うと、ウィーンへ転勤してから1年が経ちました。長男は未だにドイツでの生活や友達が懐かしいらしく、たまに「ボンに戻りたい。。」とポツリとつぶやくこともあります。ニューヨーク、ボン、ウィーンの中ではボンが一番好きなのだそうです。やはり友達が多い場所がいいのですね。ウィーンでも仲のいい友達が増えてきたようなので、そのうちそんなことは言わなくなると思いますが。。。

先月、Reverse Appraisal(部下が上司を査定)がありました。今勤務している機関では、上司が部下を査定する通常の勤務評価と並行して、部下が上司の査定をする機会があります。僕も初めて部下たちから数値評価されることになりました。といっても業務成績を部下が査定できるわけではなく、もっとソフトな部分、たとえば仕事への取り組み方、部下のためのロールモデルになっているか、部下と公平に接しているか、指示は的確か、強い意思決定力があるか、部下の意見を上手にくみ取っているか、文化や習慣の違いに配慮しているかなど。全部で20項目ぐらいについて5段階評価され、部下全員分の匿名の査定結果が棒グラフで通知される仕組みです。

査定結果が確定すると、査定された上司はその上位上司と面接をして、結果について話し合うという仕組みです。自分のことは自分で良く分かっているつもりでしたが、実際に棒グラフを見せられると、新たに気づかされる部分がたくさんありました。ちょっとドキドキしますが、これは素晴らしい仕組みです。

ところでこの「逆評価」は日本語では正しくは何と言うのでしょう?何かちゃんとした呼び方があるのでしょうか?
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がんばれハイチ

震災発生から24時間以上たってから、ハイチにいるイタリア人の友人と連絡が取れました。無事でした。

彼女はドイツのボンの国連オフィスで同僚だった人で、数年前からハイチのMINUSTAH(国連ハイチ安定化ミッション)で働いています。MINUSTAHは、軍事要員も合わせると1万人ほどの人員が投入されているPKOミッションです。ハイチは2004年の事実上の内戦状態の時から比べると現地の情勢は上向きで、MINUSTAHの役割も終盤かと思われていただけに、今回の壊滅的な打撃は残念です。

ハイチにはMINUSTAHの他に、UNDP, WFP, UNEP, UNFPAなどの国連機関もオフィスを構えており、こちらも部分的に被害を受けています。ニューヨークからのUNDP職員向けのメールによると、現地にサポートスタッフ、ストレスカウンセラー、医師、さらに通信設備なども送り込むそうです。WFPも緊急食糧援助を既に展開しているようですね。現地にいる職員にとっては、自分たちが被害者であるのと同時に、組織としてはすぐに体制を立て直して、現地への支援を強化していかなければならないわけですから、相当なストレスのはずです。

そのイタリア人の友人によると、無事が確認されたスタッフたちは、MINUSTAHの施設が倒壊して職員の死者や行方不明者もたくさんいる中で、気持ちをしっかり持って状況を乗り切ろうとしているそうです。「チームワークは抜群」とのこと。前向きでよかった。。。こちらからできることと言えば、義援金を送ることと、同僚たちに声援を送ること。できることをしっかりしようと思います。

リトリート

リトリート(英語でRetreat)とは、避難、隠居、退去というような意味のことばです。仕事の世界でリトリートという言葉を使うと、日常の職場環境を離れて、ホテルや研修所などで、共同で特定のテーマを討議したり、研究テーマを発表したり、仲間同士の親睦を深めたりというような活動のことを指します。ゼミ合宿とか、修行の山籠りとか、イメージとしてはそんな感じです。そういえば、10年以上前日本の民間企業にいた時も、どこかの研修所でリトリートをやったことがありましたが、その時リトリートと呼んでいたかどうか。別の呼び方をしていたかもしれません。

そのリトリートですが、ボンの国連機関では何度も参加したことがありました。テーマは組織のビジョンについてであったり、特定のユニットの戦略であったりといろいろでしたが、毎回それなりに得るものがありました。そこで、今回のウィーンの職場の自分の率いるチームでも、ユニットの戦略を立て直すための情報収集と、メンバーの仕事へのアプローチの弱点に気付いてもらうことが目的に、一日だけのリトリートをやってみました。リトリートの企画と運営(ファシリテーター)は、研修の講師のような人がやったりすることが多いものですが、今回は僕が自分自身で企画・運営をする初めての体験でした。

僕が採った方法は、参加者をグループに分け、グループにロールプレイの特定の役割を与えて、テーマにしたがって動いたり、言い争ったりしながら間接的に答えを導き出す方法。参加メンバーは与えられたテーマ(というか餌)に食いついて、一生懸命になっている間に、実はとても大切なことをポロリポロリと気づかずに言っていたりします。それをだれかがこっそり書き取っていって、後でみんなで見直すようなことをやってみました。

初めての企画にしてはなかなかの成功で、ユニットの戦略についての目的が達成できただけでなく、チームのメンバーの性格も今まで以上によくわかったり、新任の僕のマネジメントスタイルについても皆に伝わったかな、という感じ。新任のマネージャーとしていかに衝突を避けつつ、効率よく自分のスタイルを浸透させていくか、今回のウィーン赴任ではいろいろ気を使っているつもりですが、このリトリートもそのなかの一つでした。まずはホッと一息。

It's a small world.

ボンの元上司(2年前まで上司だった人)から電話がかかってきました。しかも職場の内線で!

「おお、いたいた。今そっち行くから!」と、彼は3分後には僕のオフィスにやって来たので、大変驚きました。

2年前にボンを離れ、フィリピンの国際機関のオフィスへ移ってからは会ったことがなかったのですが、彼も最近ウィーンのポストに応募して、僕より1カ月遅れでやってきたのです。今回は上司部下の関係ではありませんが、またこうして同じ機関の同じ部局で働くことになりました。

ウィーンは大きなオフィスなので、別の国で一緒に働いていた仲間と再会することは珍しくありませんが、元上司とまた同じ部局で一緒になるとは。明日は再会を記念して、我が家の夕食に招待しています。

PRINCE2 再び

プロジェクト管理の資格PRINCE22年半前にPRINCE2について書いた時と比べると、大分メジャーになってきました。ITの中堅レベル以上の採用では、ITIL資格などと並んで必須要件になってきました。

以前ボンで取得したのは入門編のPRINCE2 Foundationでしたが、今日受験したのは、その上級レベルにあたるPRINCE2 Practitionerという資格で、3時間に及ぶ試験でした。Foundationは言葉の定義が中心で、やや試験自体は退屈でしたが、Practitionerは実際のプロジェクト環境をシミュレーションするような、シナリオベースの試験で、とても実戦的で面白かったです。

今年の夏にPRINCE2標準が大幅改定されて、Practitionerの試験方法も大分簡素化されました。テキストのボリュームが半分ぐらいになっただけでなく、記述形式から択一式になり、とっつきやすくなったようです。僕が今回受けてみた感じでは、PMPよりは簡単でした。

Foundationを持っているけど、Practitionerは記述式だからちょっと....とためらっていた方は、新形式のPractioner試験に挑戦されることをお勧めします。

国際機関の邦人職員会

今回赴任したウィーンの国際機関には、かなりしっかりした邦人職員会があります。日本人職員数はなんと約50人!月曜日の夜に、市内の日本食レストランで、邦人職員会の歓送迎会があったので、参加してきました。日本政府代表部の方々(大使や公使も含む)もたくさん参加され、合計約40人のかなりフォーマルな会でした。こんな雰囲気は日本で会社勤めをしていたとき以来という気がします。

月曜日の歓送迎会のことを知ったのが、前日の日曜日。僕も着任したばかりでしたので、歓迎されるメンバーの一人として、直前の滑り込みで参加させてもらえることになりました。

技術系の専門機関ということもあり、邦人職員の多くの方は日本の省庁、関連団体、企業からの赴任で、任期が終わるとまた日本へ戻っていく方ばかり。日本から「出向」という形をとっている方がかなりいるようです。そのため、僕のように国際機関を渡り歩いて、たまたまウィーンに舞い降りたような人はほんのわずかしかいないため、話をした方々からかなり珍しがられました。

ウィーン勤務スタート!

ウィーン勤務2日目。たった今職場のメンバーが企画してくれた歓迎会から帰ってきたところです。

初日の朝、国連キャンパスにつくと、入り口にあるセキュリティオフィスで契約のオファーレターとパスポートを見せ、3年有効のIDカードを作ってもらいました。そして晴れて職員として建物に入り、最初に行った先は人事部。

これまでメールでやりとりしていた担当者と会い、正式な契約書にサイン。その後、約1時間に及ぶブリーフィングを受け、昼前には所属部署に着きました。職員数は機関全体で2000人で、その中のIT部門は100人のスタッフを擁します。ITのディレクターとすぐに面会し、にこやかに握手。最初に聞かれた質問は、

「君は何の楽器ができる?」

なんでも、部門の中の有志でバンドを組んでいるらしく、ディレクターもそのメンバーなんだとか。すっかり和やかな雰囲気になった中で会話が弾み、最後に、

「ところで来週月曜日に、四半期に一度の部門全体ミーティングがあって、その中で君のスピーチのために20分間リザーブしてあるから。」

と捨て台詞のように去っていくディレクター。ちょっと待ってよ、20分?と唖然としていると、ディレクターの秘書が「冗談ですよ!」と教えてくれ、遠くで「わっはっは」と、ディレクターの笑い声。とてもユーモアがありやりやすそうなディレクターのようで安心しました。

個室のオフィスをもらい、もらったばかりのEメールのアカウントにアクセスすると、空っぽのメールボックスに入ってきた記念すべき最初のメールが、僕の歓迎会の通知!という訳で、勤務2日目の今日、仕事帰りにみんなで飲みに行ってきたのでした。

滑り出しは上々です。

さようならBonn

先週いっぱいで、3年半にわたるボンでの仕事を終え、明後日のウィーン赴任に向けて準備をしています。

部内で送別会を開いてもらったり、お別れの挨拶をみんなにしたりしても、本当にボンを去るという実感が湧かなかったのですが、金曜日にオフィスを空っぽにし、国連IDやアクセスカード類を一式返してしまうと、こみ上げてくるものがありました。


sP9250890_20090928214415.jpgディジタルフォトフレーム
同僚からのプレゼント

ウィーンでの新しい生活と仕事への大きな期待と、ほんの少しの緊張感の入り混じった感覚が何とも心地よいです。では行ってきます。

さようなら、ボン。

ウィーンの国連でも原爆追悼式典

8月6日の夕方にはウィーンの市内で原爆追悼式典が催され、翌日7日には国連の敷地内でも式典が行われました。僕はまだ異動前なので部外者ですが、たまたま家探しで国連のハウジングサービスを訪ねている最中に、式典が始まったため、職員に混ざって黙祷を捧げました。


原爆追悼


ウィーンの国連キャンパスには、国際原子力機関(IAEA)と包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)という、原爆の歴史と強い関係のある機関があります。そのため、この場所で式典には、とても強いメッセージ性があるわけです。式典を通じて、自分がこれから属する機関の役割について、あらためて噛みしめることができ、いいウィーン滞在となりました。


平和の鐘
平和の鐘

折り鶴の道
折り鶴の道

国連勤務を始めて早10年

ちょうど10年前の1999年7月25日に、国際機関の仕事でインドに赴任したのが始まりでした。つまり、今日が国連職員10年記念!

最初のインドでの数か月の後、ジュネーブ、ニューヨーク、ボンで働き、この秋からはウィーンに行くことが決まっています。今まで逃げ出すことなく、クビにもならず、我ながらよく続いているものだと思います。

国連職員になりたてのあの頃、10年後の自分の姿を想像できたでしょうか?もちろん希望はいろいろとありましたが、自分の姿を「予想」することはできませんでした。

さて、この10年の記念日と、どう向き合いましょうか。折り返し地点?いやいや、折り返すにはまだ早いので、単なる通過点ですね。あせらずマイペースで行きたいと思います。

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プロフィール

mickey10044

Author:mickey10044
男性。1999年より国連職員。

インド、ジュネーブ、ニューヨーク、ボン、ウィーンを経て、現在はイタリア・トリノの国際機関に勤務。IT部門のチーフ。PMP,CISSP。

mickey10044#hotmail.com
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