It's a small world.

ボンの元上司(2年前まで上司だった人)から電話がかかってきました。しかも職場の内線で!

「おお、いたいた。今そっち行くから!」と、彼は3分後には僕のオフィスにやって来たので、大変驚きました。

2年前にボンを離れ、フィリピンの国際機関のオフィスへ移ってからは会ったことがなかったのですが、彼も最近ウィーンのポストに応募して、僕より1カ月遅れでやってきたのです。今回は上司部下の関係ではありませんが、またこうして同じ機関の同じ部局で働くことになりました。

ウィーンは大きなオフィスなので、別の国で一緒に働いていた仲間と再会することは珍しくありませんが、元上司とまた同じ部局で一緒になるとは。明日は再会を記念して、我が家の夕食に招待しています。

PRINCE2 再び

プロジェクト管理の資格PRINCE22年半前にPRINCE2について書いた時と比べると、大分メジャーになってきました。ITの中堅レベル以上の採用では、ITIL資格などと並んで必須要件になってきました。

以前ボンで取得したのは入門編のPRINCE2 Foundationでしたが、今日受験したのは、その上級レベルにあたるPRINCE2 Practitionerという資格で、3時間に及ぶ試験でした。Foundationは言葉の定義が中心で、やや試験自体は退屈でしたが、Practitionerは実際のプロジェクト環境をシミュレーションするような、シナリオベースの試験で、とても実戦的で面白かったです。

今年の夏にPRINCE2標準が大幅改定されて、Practitionerの試験方法も大分簡素化されました。テキストのボリュームが半分ぐらいになっただけでなく、記述形式から択一式になり、とっつきやすくなったようです。僕が今回受けてみた感じでは、PMPよりは簡単でした。

Foundationを持っているけど、Practitionerは記述式だからちょっと....とためらっていた方は、新形式のPractioner試験に挑戦されることをお勧めします。

ウィーン少年合唱団

地元オーストリア人の同僚の一人に、ウィーン少年合唱団の出身者がいます。ウィーン少年合唱団と言えば世界的にも有名で、神聖ローマ皇帝に創設された宮廷聖歌隊の頃から数えると500年の伝統を持つ、実に由緒正しい合唱団なのです。厳しい選考があるので、誰でもメンバーになれるわけではありません。

僕の同僚は、まだ子供だった時(つまり声変わりする前ですね)に、合唱団のメンバーとして数年間活動したそうで、子供ながら世界中へ演奏旅行に行ったそうです。

72年に日本へ行った時のことは、強烈な印象が残っているようで、よく覚えていました。羽田空港に降り立った時、横断幕を持った日本人の若い女の子たちが到着ロビーを埋め尽くしていて、合唱団の彼らは一体どんな有名人が今日は到着するんだろうと不思議に思っていたら、実はウィーン少年合唱団の出迎えだったことがわかり驚いたこと。初めて新幹線に乗り、あまりの速さに驚いたこと。旅館にはプールがあると聞いていたので、みんなで裸になって飛び込んだら実は温泉で、熱くて飛び出したことなど。

日本滞在中の一番の思い出は、皇居を訪問した時、おそらく現在の皇太子殿下とも短い会話を交わしたことだそうです。日本の皇室の映像がテレビに出る度に、その時のことを思い出すそうです。さらに、アメリカに演奏旅行に行った時は、人類で初めて月面に降り立った、あのアームストロング氏とも会ったのだと。まったく驚きました。

そんなすごい経験をした彼ですが、合唱団出身者の多くが音楽関係の進路を選ぶ中、今は国連職員として僕と同じIT部門に勤めているのだから不思議なものです。

銀行口座を開設する

オーストリアの銀行は「口座維持手数料」がかかります。これまでいろんな国で銀行口座を開きましたが、口座残高の多少にかかわらず、維持手数料がかかる国はこれが初めてです。

僕はさしあたって最もシンプルな口座パッケージなのですが、それでも3カ月に一度15ユーロ程引き落とされます。クレジットカードを作ったり、いろんな機能を追加していくと、四半期ごとに50ユーロ以上なんていうのも珍しくありません。

維持手数料のことに驚いていると、その銀行の担当者は、アメリカ、ドイツ、スイスなど他の国では手数料がかからないことを僕から聞いて、逆に驚いているようでした。オーストリアでは手数料はあまりにも当たり前のことなのでしょう。

今回開いた口座で気に入っている機能は、ネット上での振り込み手続きに必要なTAN番号(取引認証番号)を、その都度携帯電話にSMSで送ってくれること。モバイルTANと呼ぶそうです。これでTAN番号が100個ぐらい書かれた一覧表を毎回ひっぱり出してくる煩わしさから解放され、ずいぶん便利になりました。

ウィーンの葛飾通り

ウィーンは東京と同じく23区に区分されています。街のあちこちで何とも難しい名前の道路に出会うことがたまにありますが、先日も僕の住む21区(フロリズドルフ区)で見つけました。

「Katsushika Strasse」


tsuとかshiなんてあまり見かけないつづりなので外国語なのかなぁ、どうやって読むのかな?と眺めていると「カツシカ?」、なんのことはない「葛飾通り」ではないですか。地元の人はなんて発音しているんでしょう。

調べてみると、ウィーンの21区(フロリズドルフ区)は、東京の葛飾区と姉妹都市なのだそうで、市の北東部というその位置関係まで葛飾区と同じ。2001年にフロリズドルフ区内の約1キロの道路区間が「葛飾通り」と命名されて、葛飾市長が命名式に招待されたとか。両区の間ではホームステイの交流事業が長年行われているそうです。

そう言えば、東京に住む友人の奥様が、以前葛飾区の交流ホームステイプログラムでウィーンを訪問したって言ってたっけ。そのホームステイの話と謎のカツシカ通りに関連があるとは今まで思いもしませんでした。

同じ区内の、我が家から歩いて10分のところには、「男はつらいよ」のウィーンが舞台になった作品の公開20周年を記念して、寅さん公園(Tora-San-Park)なんて言う小さな公園が先月末オープンしました。20年前の「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」は見たことがないのですが、これをきっかけに見ることになるでしょう。

国際機関の邦人職員会

今回赴任したウィーンの国際機関には、かなりしっかりした邦人職員会があります。日本人職員数はなんと約50人!月曜日の夜に、市内の日本食レストランで、邦人職員会の歓送迎会があったので、参加してきました。日本政府代表部の方々(大使や公使も含む)もたくさん参加され、合計約40人のかなりフォーマルな会でした。こんな雰囲気は日本で会社勤めをしていたとき以来という気がします。

月曜日の歓送迎会のことを知ったのが、前日の日曜日。僕も着任したばかりでしたので、歓迎されるメンバーの一人として、直前の滑り込みで参加させてもらえることになりました。

技術系の専門機関ということもあり、邦人職員の多くの方は日本の省庁、関連団体、企業からの赴任で、任期が終わるとまた日本へ戻っていく方ばかり。日本から「出向」という形をとっている方がかなりいるようです。そのため、僕のように国際機関を渡り歩いて、たまたまウィーンに舞い降りたような人はほんのわずかしかいないため、話をした方々からかなり珍しがられました。

引っ越し荷物

前回の引っ越しはアメリカからドイツでしたので、荷物の搬送は船便と通関手続きなど含めて所要6週間かかりました。(その前の日本〜フランス、フランス〜アメリカも似たようなものでした)

今回はEU内(シェンゲン域内)のドイツからオーストリア。国境でのパスポートチェックがないだけでなく、税関もありません。国内の引っ越しと手続きは何ら変わらないのです。税関書類なしで、家から家へトラックで直接搬送。トラックは実際には2日でウィーンに届きますが、荷物の持ち主である僕たちがそのスピードについていけないため、実際には所要4日の搬送です。

外国へ引っ越しというと、「引っ越し準備で忙しくて大変でしょう」、なーんてみんなに言われましたが、我が家にとっては実は今回が一番楽チンな引っ越しでした。

ウィーン勤務スタート!

ウィーン勤務2日目。たった今職場のメンバーが企画してくれた歓迎会から帰ってきたところです。

初日の朝、国連キャンパスにつくと、入り口にあるセキュリティオフィスで契約のオファーレターとパスポートを見せ、3年有効のIDカードを作ってもらいました。そして晴れて職員として建物に入り、最初に行った先は人事部。

これまでメールでやりとりしていた担当者と会い、正式な契約書にサイン。その後、約1時間に及ぶブリーフィングを受け、昼前には所属部署に着きました。職員数は機関全体で2000人で、その中のIT部門は100人のスタッフを擁します。ITのディレクターとすぐに面会し、にこやかに握手。最初に聞かれた質問は、

「君は何の楽器ができる?」

なんでも、部門の中の有志でバンドを組んでいるらしく、ディレクターもそのメンバーなんだとか。すっかり和やかな雰囲気になった中で会話が弾み、最後に、

「ところで来週月曜日に、四半期に一度の部門全体ミーティングがあって、その中で君のスピーチのために20分間リザーブしてあるから。」

と捨て台詞のように去っていくディレクター。ちょっと待ってよ、20分?と唖然としていると、ディレクターの秘書が「冗談ですよ!」と教えてくれ、遠くで「わっはっは」と、ディレクターの笑い声。とてもユーモアがありやりやすそうなディレクターのようで安心しました。

個室のオフィスをもらい、もらったばかりのEメールのアカウントにアクセスすると、空っぽのメールボックスに入ってきた記念すべき最初のメールが、僕の歓迎会の通知!という訳で、勤務2日目の今日、仕事帰りにみんなで飲みに行ってきたのでした。

滑り出しは上々です。

さようならBonn

先週いっぱいで、3年半にわたるボンでの仕事を終え、明後日のウィーン赴任に向けて準備をしています。

部内で送別会を開いてもらったり、お別れの挨拶をみんなにしたりしても、本当にボンを去るという実感が湧かなかったのですが、金曜日にオフィスを空っぽにし、国連IDやアクセスカード類を一式返してしまうと、こみ上げてくるものがありました。


sP9250890_20090928214415.jpgディジタルフォトフレーム
同僚からのプレゼント

ウィーンでの新しい生活と仕事への大きな期待と、ほんの少しの緊張感の入り混じった感覚が何とも心地よいです。では行ってきます。

さようなら、ボン。

車でウィーンへ

引っ越し準備のために再びウィーンへ行ってきました。今回は一人で、しかも車で!


大きな地図で見る

ボンとウィーンの道路距離は約900キロ。高速道路の接続がとてもいいので、計算上は8時間強で着く距離ですが、、、そんなことが僕にできるはずはなく、1日で行くのはちょっとやめておきました。途中、国境近くのドイツ最後の街パッサウで1泊し、翌朝はまだ暗いうちから出発して、ウィーンには朝のうちに到着。大家さんとの約束の時間に家の前で落ち合い、鍵の引き渡しをしてもらいました。

新しい家の入居日というのはやはり興奮しますねぇ。でも感動を分け合う家族が一緒でなかったので、ちょっと残念。国をまたがった引っ越しは過去に何回もやってきましたが、今回ほど用意周到に事が進んだことは今までにありません。やはりお隣の国というのは楽ですね。距離が近いだけでなく、いろんなものの手続きの仕方もドイツと似ているので、行動に自信が持てるというのでしょうか。

さて、4日間新居に滞在し、今は車でボンに戻る途中です。ウィーンから600キロ来たところで、名もない村の民宿に一泊。35ユーロで清潔な広い部屋、朝食つき、WiFiアクセスポイントは使い放題、と申し分なし!というわけで、今これを書いています。

海外在留邦人数

外務省のサイトに、海外在留邦人数調査統計という資料があります。在留邦人数とは、「永住者」と「3カ月以上の長期滞在者」の両方を合わせた数のことだそうです。

どうしてこんな資料を見たかというと、ドイツとオーストリアに住む日本人の数をちょっと比べてみたかったから。結果は、

ドイツ    35,661人
オーストリア 2,188人
(2008年10月現在)

全人口はドイツが約8千万で、オーストリアが約8百万。オーストリアはドイツの10分の1です。ということはオーストリアの邦人数は人口比でかなり少ないということがわかります。そしてこの邦人2千人の内訳は、女性が男性の2倍と、女性が数で圧倒しています。アジアの邦人男女比とは正反対なのですが、これはどうしてでしょうね。

ところで、日本が恋しくてこんなことを調べているわけではないですよ。ウィーンには全日制の日本人学校はあるのに、日本語補習校がないのはどうしてか、なんて調べていたらたまたま統計に出会ったのです。

あ、日本が恋しくないというのはやっぱりウソです。ラーメンや日本食だけは恋しくなります。ウィーンにもデュッセルドルフのようなおいしいラーメン屋はあるのでしょうか?

賃貸契約書

今回見つけたウィーンの住宅は、国連のハウジングサービス経由で契約しました。ハウジングサービスを利用する時の利点は、物件の情報が英語で検索できるというのがまず第一ですが、さらに、契約書がドイツ語と英語の両方で作ってもらえるということです。

昔住んだフランスではフランス語の契約書、今ドイツではドイツ語の契約書でやり取りしなければならなくて少し不安があったのですが、今回は本当に安心。

国連オフィスは世界中にありますが、住宅探しのサポートがウィーンほど充実している場所は他にはあまりないでしょう。ニューヨークでもこんなサービスはなく、自力で探してかなり苦労したものです。将来ウィーンのオフィスに転勤する予定の方、どうかご安心を。

続・在外選挙

続きです。他の先進国の在外選挙制度はどうなっているかというと、概ね日本と同じ。ただ選挙人登録の手続きや、投票方法などはもっと簡素化されている国が多いみたいなので、もっと投票率は高いのでは?

ところで、さっきの記事で僕が不満を漏らした選挙区については、ドイツをはじめ「最終居住地」を在外者の選挙区とする国が多い中、イタリアとフランスはユニークです。なんと、在外選挙のための、「海外選挙区」なる独立した選挙区が存在します。

海外選挙区とはかなり大胆な制度ですが、日本だって在外邦人100万人時代、在外有権者数でも今回の衆院選では80万人以上いるとされています。小さな県なみの人口はあるわけですから、いつかはそんな時代が来るかも知れません。。。

在外選挙

海外生活はもう10年になりますが、恥ずかしながら在外選挙というものに今回初めて行ってきました。いままでどうしていかなかったんだろう?何回かチャンスはあったはずですが、「在外選挙人証」というものを取得していなかったり、取得してからも紛失してしまったりとツキがなかったのです。

ボン在住者の場合は、70キロほど北にあるデュッセルドルフの総領事館で投票することができます。同僚から、「おっ、国民の権利を行使しに行くんだな!」なんて言われて見送られ、車でデュッセルへ。今回はしっかり在外選挙人証を持って、夫婦そろって無事投票できました。

日本の在外選挙の歴史は比較的短く、2000年から初めて実施されるようになりました。でもこれまでは比例代表への投票だけだったのですが、2007年以降小選挙区への投票もできるようになり、今回衆院選としては初めて比例と小選挙区の両方へ海外から投票できます。この公職選挙法の改正が実現したのは、まだ記憶に新しい2年前の裁判で、在外邦人の選挙権の一部が認められないのは違憲という判決が出たことによるものです。

この判決は在外邦人にとっては喜ばしいニュースですが、実際に投票してみて一つ不満が。在外選挙人証の発行元が、日本国内の最終居住地の市区町村の選管ということになっているので、小選挙区はその市区町村の属する選挙区ということになります。僕は民間企業勤務時代には千葉県我孫子市という所に住んでいましたが、10年たった今、その土地には家族や親戚はいないし、まったくなんのゆかりもありません。できれば、実家のある長野県内の選挙区に投票したかったので、これにはちょっとがっかりしました。

在外選挙がなかった時代と比べたら、大きな前進なので、文句ばかり言うわけにはいきませんが、制度的にはさらにあと一歩前進してほしいものです。

さて無事に投票を済ませた後は、ここはインマーマン通り。もちろん「オストの肉屋」でしゃぶしゃぶ用肉を買い、「松竹」で日本食材を買い、「」でラーメンを食べ、家族全員ご満悦でボンへ帰りました。

日本の野球チームを応援しよう!

遠征の日程変更により、残念ながら下記のボンでの試合は中止になりました。
福岡選抜チームの皆さん、またいつかお会いしましょう。ヨーロッパ遠征を存分に楽しんでくださいね。8/21




ボン在住の方へお知らせです。

去年に引き続き、今年もまた中学軟式野球の福岡選抜チームがボンにやってきます!去年の試合の様子はこちら

少年軟式野球国際交流協会(IBA)の主催で、選抜チームがヨーロッパに10日間遠征します。その中、8月23日(日)の午後2時から、ボンのRheinaue公園の野球場で、地元ノルトライン・ヴエストファーレン州チームと試合が組まれています。ボンの皆さん、ピクニックも兼ねて一緒に応援しに行きましょう。


IBA


福岡選抜の皆さん、どうかお気をつけてヨーロッパへいらしてください。またチームの皆さんの元気な姿を見られることを楽しみにしています。

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mickey10044

Author:mickey10044
男性。国連職員。
オーストリア・ウィーンの国際機関に勤務。IT部門のマネージャー(PMP)。

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