BONNjour ドイツ・ボンの国際公務員
国際公務員歴9年。インド、ジュネーブ、NY勤務を経て現在ドイツ・ボンの国際機関に勤務。国連での仕事のことやドイツでの生活のことなど書き残しています。
明日から日本へ一時帰国
毎年恒例となってきましたが、今年もこの時期に一時帰国します。

いつもはケルン・ボン空港からウィーン乗り換えで日本へ行っていたのですが、今回はフランクフルトからの直行便にしました。乗り換えがあると、子どもが疲れてしまうんですよね。本当は、ICE(ドイツの超特急)でフランクフルトまでいくのが一番スムーズなのですが、うちは4人家族の大荷物があるのでちょっと無理。そこで、車でフランクフルトまでいき、長期駐車場に車を止める方法にしました。

長期駐車場といっても、成田のように空港からちょっと離れた所にある民間の駐車場ではなく、空港ターミナルの普通の駐車場で、ネットで数ヶ月前に予約するとかなり安くなるのです。ボンからフランクフルト空港まで約180km、1時間40分ぐらいで行けるはずなので、荷物がたくさんあってもこれなら楽ちん。

最近仕事がきつかったので、日本でおいしいもの食べてゆっくりしたいです。では行ってきます。


ノスタルジア
生まれ育った長野を離れ、東京の大学を通うようになってからでしょうか。夏休みや正月などに実家に帰省すると、駅前の景色、町並み、家の中すべてがとても懐かしく思えたものです。あのころ、ふるさとの町の駅に降り立ったときや、そこへ向かう電車の中でのなんともいえない気持ち。東京での生活はもちろん楽しかったけど、都会の緊張感やスピードから解放されるときあのときの感覚。いつも何か切ない郷愁がこみ上げてきたものです。

今はどうでしょう。たまに一時帰国などすると、「わぁー、懐かしいねぇ!」なんて、いろんなものを見て叫んだりしますが、あの学生時代に感じていたのと同じ懐かしさは感じようがありません。あと2週間で日本への一時帰国ですが、日本のことを頭に思い描いても、あまり郷愁というようなものは感じません。もちろん実家に行ったり和食を食べればすごくホッとするのですが、それよりも日本で見るものが何でも珍しく思えてしまって、まるっきり旅行者気分になるのです。(それはそれでとても楽しいのですよ。)

ではどんな時に懐かしい気持ちが込み上げてくるかと言うと、それは、本を読んでいる時。最近読み終わった、司馬遼太郎の「翔ぶが如く」や「坂の上の雲」など、明治の日本が舞台の小説を読んで、郷愁の思いが奥底から込み上げてくるなぜでしょう。自分が生まれるよりずっと前の話で、しかも鹿児島や愛媛など物語にゆかりのある場所には行ったことすらないのです。

江戸時代でも西洋でも中国でもなく、明治の日本。その時代に生きた人たちが作り上げた社会の中で自分が生まれ育ったからか。それとも無邪気なほどに公正無私な若者たちが、社会を変えるために奔走していた時代への憧れからか。見たことも行ったこともない時代を、Good old daysと思えるというのは不思議な感覚です。

カールシュタットが経営破綻
ドイツの百貨店最大手のカールシュタットが経営破綻しました。金融危機の影響と経営判断ミスの複合的な原因だそうです。

つい先日、村上龍氏のJMMで、日本の百貨店もきっと淘汰されていくはずだというのを読んだばかりでしたが、我が家もよく利用するカールシュタットもそんな目に。。。

さて、カールシュタットの今後ですが、ライバルのメトロが傘下に収めてグループ内のカウフホフと統合させる計画だという報道が専らです。、今ボンの中心にあるカールシュタットとカウフホフは店舗の立地が近すぎるので、どちらかなくなるかも知れませんねぇ。小さなボンがますます小さくなっていく。。。


トランポリーノ
trampolino


わき目も振らず、体力の続く限り遊び続ける子供たちを見ていると、なんだか嬉しくなります。

ボンから車で南に40分程の所にあるトランポリーノという娯楽施設に行ってきました。普通の遊園地と違うのは、乗り物が少なく、跳んだり滑ったり登ったりと、とにかく体を使う遊びが多いこと。一番人気は、施設の中央にある、Kletterbergと呼ばれるツルツルの「山」!裾野はなだらかですが、登っていくとだんだん傾斜が急になり、頂上近くは垂直の壁になります。身軽な子供たちは上まですいすい登っていきますが、運動不足の大人がやると山の中腹あたりから不格好に滑り落ちてしまいます。この施設でなんと6時間(!)も遊び続けました。

長男が土曜日に通う日本語補習校の理事会・運営委員の引き継ぎという名目で、トランポリーノに集まりました。我が家は昨年度一年間運営委員を担当したので、新しいメンバーへ引き継ぎ、ホッと一息というところ。今回はトランポリーノに親子合わせて38人が集合!この施設は食べ物持ち込みが可能なので、本当にありがたい。子供があっちこっちで遊びまわっているのを見ながら、親同士で食べたり飲んだりしながら、おしゃべりを楽しみました。

◇◇◇


ところで、この運営委員というのは日本の学校のPTAの役員ともちょっと違います。ボンの補習校の定款によると、、、、登記社団としての補習校は、理事会・運営委員会・総会の3つの組織によって構成されています。理事会は学校を代表する立場で、講師の採用、会計、日本の総領事館とのやりとりなどをします。運営委員は、学校で授業が行われている間、学校に常駐し、学校活動のサポート全般を行うほか、運動会、新年会、始業・終業式の運営や、文集の編集なども担当します。

そして、理事会・運営委員会・総会はすべて、学校の生徒の保護者によって構成されているので、法的にもこの学校は保護者によって運営され、機能しているということになります。講師は、保護者を代表する理事会によって人事管理されます。だから、補習校に子供を通わせる保護者は結構忙しいのです。ちょっと子供を塾に通わせるのとはかなり雰囲気が違うので、来たばかりの方はやはり驚くでしょう。

そう言えば、以前ボンの補習校で運営委員をしていた家族が別の国へ引っ越したら、その国の補習校でもやはり運営委員をやることになったという話を聞きました。これを煩わしいことと思うか、積極的に関わって楽しめるかというのは、海外生活そのものを楽しめるかどうかの分かれ目になるのかも知れません。

モビリティ
国連職員仲間は皆フットワークが軽い。僕の知り合いの国連職員たちも、最近国境をまたがって転勤しています。ジュネーブからウィーンへ、ウィーンからパレスチナ自治区へ、コンゴからミャンマーへ、ボンからナイロビへ、バンコクからNYへ、エチオピアからチリへ.....みんな頑張っているなぁ。

国連の外の人たちからは、転勤が多くて大変ですね、というようなことを言われることもありますが、実はそんなことはありません。日本の会社のように転勤先を一方的に言い渡されるということはまれで、(もちろんそう言うケースもない訳ではありませんが...)大抵は自分の次のステップは自分で考え、行きたいところの空席に応募して、選ばれれば移ることになります。

国連では職員のモビリティはキャリア開発の重要な要素と考えられているので、積極的に奨励されています。あっちこっち行っていますが、結局みんな好きでやっていることなのです。

さて、僕は今の勤務地ボンに来て3年になりますが、ここは子どもの教育、治安、住宅環境など、この上なく快適で全く不満はありませんが、このまま根を張るつもりでいるわけでもありません。さて、この先どうなりますか....お楽しみに。

漢字の書き順(筆順) 昔と今?
naga

僕は長野県出身ですが、長野の「」という字は、いちばん上の横棒から書いていました。ところが、子どもの漢字ドリルによると、縦棒が第一画と知り驚きました。「」も同じだそうです。あと、「」の縦棒は第4画かと思ったら、これは第6画だとか。

妻も僕と同じ書き順だと思っていたし、他の人に聞いても同じように間違って覚えている人が多いので、ふとある仮説が頭をよぎります。(というかその時は確信に近かった。。。)

「実は昔と今では書き順が違うのではないか?」

ちょっと検索してみると、「子供の漢字ドリル」を通じて同じような疑問を持っている親が実に多いことがわかり、笑ってしまいました。残念ながら僕の仮説を裏付ける証拠は見つからず、昭和33年に文部省が定めた『筆順指導の手びき』以来、筆順が変わった経緯はないこともわかりました。僕も含め多くの大人たちが単に間違って覚えていただけなのか?そこで新たな仮説が.....

「僕たちが小学生の頃の先生たち(当然昭和33年以前に教育を受けた人たち)が、現在とは異なる書き順を教えていた」

きっとそうに違いない。。。?

まぁ個人的には、書きあがった漢字が正しければ、書き順はどうでもいいと思っているのですが、小学2年生の子供にそう指導するわけにもいかず、少しは注意して「覚え直している」ところです。


大人たちを黙らせた12歳の少女のスピーチ
この業界にいる人で、このスピーチの映像を目にしたことのない人はいないと思います。1992年にリオデジャネイロで開催された国連環境サミットで、当時12歳のセヴァン・スズキさんが行い、伝説となったスピーチです。12歳とは思えない堂々たるスピーチ。大人になった彼女は、今でも環境分野で活躍しています。





僕は、原点に立ち返るために、時々このスピーチを聞いています。そう言えばオバマ大統領のスピーチが英語教材として使われているそうですが、このスピーチもどうでしょう。


電話でのアポイントメントにご注意
またやってしまいました。火曜日だと思っていたある面会の予約が実は木曜だったとは。わざわざその時間に出向いて行った僕は、なんだか間抜けに見えました。「済みません英語が苦手なもので」なんて、相手に謝られてしまったけど、これは僕の不注意でした。

英語がそれほど流暢でないドイツ人が相手の場合は、日付と時間の確認をするときだけは頑張ってドイツ語でやりましょう。これまでの経験からすると、半分ぐらいの確率でTuesdayとThursdayを間違えられます。あと、時刻を表す「〜時半」という言い方で、1時間ずれて間違えることもよくあります。これは例えば2時30分のことを、ドイツ語ではHalb drei(英:half three?)というので、英語に直訳してhalf past three(3時半)などと間違えてくれることが多いのです。

ドイツで、「木曜日の9時半に会いましょう」と英語で言われたら、それは火曜日の8時半のことかもしれません。2回疑ってかかりましょう。

Earth Hour(アース・アワー) 2009
2年前にシドニーで始まって、去年は世界的に大成功した、アース・アワー(Earth Hour)。今年は3月28日(土)の午後8:30〜9:30です。1時間、部屋の電灯を消して参加しましょう。時差がありますが、もちろんそれぞれの場所の現地時間でいいのです。夜じゃないと意味がないですからね。


WWF(世界自然保護基金)というNGOのイベントですが、ボンの国連ビルも土曜の午後8時半に消灯します。(その時間に万が一仕事をしていても、オフィスの電灯を消すように、なんていう連絡も流れていました。)

子供にとっては、寝る時間にかぶってしまいますが、こういうのは見せてあげた方がよさそうですね。「なんで電気消すの?」と聞かれたら次の日これを見せましょう。



首都移転後のボン
ボンからベルリンへ首都機能が移転したのは約10年前。もともと暫定首都だった人口30万ほどのボン市は、首都らしい顔などそもそも持っていなかったわけですが、それでも街を闊歩していた外交官たちが一斉にいなくなり首都の面影はまったくなくなりました。かわりに国連やIT企業などがやってきたり、博物館や美術館が以前より充実したり、雇用状況は首都時代より改善していたりと、市はそこそこの活気を保っています。

ところで、日本ではあまり知られていませんが、まだまだたくさんの政府機関(省庁)がボンに残っています。政府職員の数で言うと、半分弱の約9000人がまだボンで働いているのだそうです。首都移転に関する基本法(ベルリン・ボン法)によるとはいえ、この状況が最善であるとは到底思えませんね。ベルリンで開催されるたった30分の会議のために、ボンから飛行機で往復する人もいるとか。ボンとベルリンの距離は約500km。政府職員や外交官たちが、飛行機やICEで行ったり来たりしていることを思うと、環境的にも経済的にもどうでしょう。

当然上がってくる声といえば、ボンに残っている政府機関もベルリンに集約すべし、というもの。そんな記事を何回か目にしたことがあります。もしも本当にそうなったら、職員9000人だけの問題ではなくて、職員の家族、省庁の周辺で活動する外郭団体やNGO、はたまた出入りの業者などもつられてぞろぞろ移転することになるでしょうから、市は悲鳴をあげることになるでしょう。いつかはボンにそんな日がくるのかもしれません.....

海外生活を楽しむ
家族で外国暮らしを始めると、仕事をしている本人やその子供は職場や学校という居場所があり、知り合いも早くできて、語学の問題も少ない。一番苦労する可能性の高いのは、現地で仕事を持たない配偶者だと一般的に言われていますね。(もちろん家族によってこの辺の事情はまちまちでしょうけど)

さて、我が家の場合、今まで生活してきたどの場所でも、妻が現地の環境への適応性が最も高いのです。ニューヨークにいたときでも、今いるボンでも、知り合いの数は家族の中で一番多そうな気がします。最近などは、近所ですれ違う韓国人は全員顔見知りのような感じで、一緒に歩いていると驚きます。

妻は定職にはついていませんが、子育ての傍ら、どんなことをしているかというと、NYでは絵本読み聞かせのボランティア団体を立ち上げたり、地元の保育園に臨時でお遊戯を教えに行ったりしていました。日本語教授法を習ったこともあり、今でも外国人向けの日本語クラスを自宅で開講したり、日本人の子供向けの日本語の補習サークルのようなことをしたり、もちろん自分のために語学学校に通ったりと、人と触れ合う場所にいつもいて、どこに住んでいても忙しそうにしています。

僕の仕事の都合で、家族をあちこち連れまわしている立場からすると、こういう風にしていてくれるのは、本当にありがたいことです。

8年がかりの「翔ぶが如く」
今日、司馬遼太郎の「翔ぶが如く」(文庫本全10巻)を読み終えました。この小説を読み始めたのはなんと8年前、偶然にもの今日と同じ2月22日。なぜ日付を具体的に覚えているかというと、ジュネーブからニューヨークに転勤することになり、2001年2月22日にニューヨークに向かう飛行機の中で読み始めたから。

いつも5ページか10ページぐらい読むと本棚に戻し、また忘れた頃に続きを読むということを繰り返して8年。もちろんこの10巻を読む間に、他の本は次から次へと読み終わっていったわけですが。。。難解な本というわけではないのに、なぜか「翔ぶが如く」はこういう読み方になってしまいました。

小説は明治維新後、西郷隆盛の征韓論から西南戦争までの約7年間の話。物語の進行とほぼ同じスピードで本を読み進めてみると、最初のシーンを思い出すときの時間感覚が実生活とほぼ一致するので、不思議な気分になります。

8年前、ニューヨークのアッパーウエストサイドのアパートに着いて、翌日の初出勤の日は雪が降っていたっけ。西郷隆盛や大久保利通の人生の波乱とは比べものにはならないけど、自分の周りの環境も第一巻の時と比べると随分変化があったものだなぁと感慨に耽ってしまいます。とにかく読み終わって本当にすっきり。

漢字検定
明日は、息子が10級、僕が3級、二人とも初めて漢字検定を受けてきます。勉強しろしろと尻を叩くだけでなく、親が自ら勉強している姿を子供に見せることができたかな。

さて、3級は中学卒業程度ということですが、四字熟語は中学レベルにしては難しいものが結構あります。最後の復習ついでにここに書いてみます。

 深山幽谷 酔生夢死 衆人環視 権謀術数 円転滑脱
 天衣無縫 多岐亡羊 率先垂範 眼光紙背 脚下照顧
 冷汗三斗 比翼連理 直情径行 深謀遠慮 道聴塗説
 勤倹力行 怒髪衝天 換骨奪胎 大慈大悲 千篇一律

どうでしょう。中学レベルに見えますか?


ヴェスヴィオ山、富士山、浅間山、夢か誠か
週末はずっと読書でした。その中の一冊は、ローマ人の物語(文庫版)の23巻、皇帝ティトゥスの時代のあたり。西暦79年のヴェスヴィオ火山噴火によるポンペイ埋没の話も出てきました。ティトゥスのことは知らなくても、ポンペイのことは耳にしたことはあるはず、と塩野七生さんが言っていますが、僕もその一人。それはさておき。。

その夜、息子に読み聞かせた本は「富士は生きている」という、富士山の噴火の話。補習校の図書館から借りてきた本で、「これも噴火の話かぁ」なんて思いながら読んであげました。富士五湖の西湖と精進湖は昔は一つの湖で、西暦864年の噴火で溶岩が流れこんで、湖を二つに分けてしまったのだそうです。そして、湖上の溶岩で埋め立てられた部分が、現代の青木ヶ原樹海であると。これは面白い話でした。

そして同じ日の深夜、テレビのニュース番組で目にしたのが、浅間山の噴火の本物の映像。どっきりカメラ(ちと古いかな?)かと思いました。これで、火山の噴火が夢にでてくるのは間違いありません。。。。



地元の新聞にも、浅間山の記事が載っていました。

インターン
今、うちの職場で高校生がインターンとして働いています。国連の職場ではふつうは大学院生しかインターンとして取らないので、あれ?っと思った方もいるかも知れませんが、ドイツの職場では例外的に高校生インターンを受け入れる制度があります。

学校によって違いはあるようですが、ドイツの学校のだいたい11年生の頃(日本の高2に相当?)に、働く先を生徒が自分で探し出して、仕事を体験することになっています。ここボンの国連も現地の学校の制度を支援するために、生徒を受け入れることができるようになっているというわけです。

僕のグループにインターンを受け入れるのは、これで3回目ですが、高校生は初めてです。ところでこの高校生の男の子、どうやって僕の職場を探し当てたかというと、うちの息子(7歳)が土曜日に通う日本語補習校の高校生なのです。インターンシップの受け入れ先を探すのは、さぞかしたいへんなことでしょうから、僕としても受け入れてあげることができて、本当に良かったです。

自分が高校生だった時のことを思い出すと、、、、きっと知らない大人ばかりの職場に突然放り込まれたら、すごく不安だったでしょうね。しかも大学院生ではなくて高校生です。僕の方も彼にいったいどんな仕事を割り振ったものかと、最初は悩みましたが、何のことはない、英語、ドイツ語、日本語に堪能で、パソコンもインターネットも難なく使いこなす彼はなかなかのもの。初日からしっかり仕事を手伝ってもらってます。

来週には学校の先生が職場を見学に来るとのこと。先生英語しゃべるかな....インターンの受け入れ、なんだか僕にとっても珍しい経験なので、楽しんでいます。



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プロフィール

mickey10044

Author:mickey10044
男性
国連職員。ITプロジェクトマネージャー(PMP)。
2006年4月からドイツ・ボン在住。4人家族でドイツでの生活を楽しんでいます。

mickey10044#hotmail.com
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